14.指きりげんまん
大好きな人が任務に出かける朝……
まだ空も暗いうち、いきなり部屋を訪ねるなんて不躾だとは思う。
けど、今回の任務は長丁場になりそうだとラビに聞いていたので、
僕はいても経ってもいられず、
ついこうして彼の部屋の前まで来てしまっているわけで……
神田のことだから、もう起きて出かける準備をしているに違いない。
そして、彼のことだから尚更、出かけに僕に会うことを望まないかもしれない。
そんな想いが交錯してしまい、僕は彼の部屋の前で既に30分は
こうして立ちすくんでしまっている。
すると、目の前にあったはずの扉が急に開いて、
会いたかったはずの綺麗な顔が目の前に現れる。
「あっ……か、神田っ! そのっ……おはようございます!」
驚いて声を上ずらせながら挨拶をする僕に、
神田は心底呆れたというように、大きな溜息を付いた。
「……お前なぁ……いつまでそんなトコで立ちんぼしてる気だ。
いい加減迷惑なんだよ。
用があるならとっとと入りやがれ!」
「えっ? いいんですかっ?」
「んなとこにつっ立っていられるよりマシだ」
僕は言われるがままに神田の部屋へと入り込む。
この部屋に入るのは初めてではないのに、
いつも何となく落ちつかない。
それはこの部屋が嫌いとか言うのではなく、
一緒にいる相手に意識が集中してしまうからであって……
「あっ、あのっ……神田……
今日これから任務なんですよね?」
「……ああ……」
顎で促されてベッドに座った僕の横に、
無造作にどかりと座った彼は、足組みをして無愛想に肘鉄をつく。
そんな些細な仕草にもドキリとしてしまう僕は、
まさに病気だと思わずにはいられない。
「で、何の用だ?」
徐に自分を見つめる黒い瞳に、思わず赤面してしまうのを隠しきれず
僕は思っていたことをすんなりと口にしてしまっていた。
「そっ、そのっ……気をつけて行って来てください。
そして、必ず無事で帰って来て下さい」
僕のセリフに面食らったように瞳を見開いた彼が、
一瞬赤面したように見えたのは、僕の気のせいだろうか?
「あたりめぇだ。 んなこと、お前に言われなくても、
さっさと敵をやっつけて、帰って来くるさ……」
「ホントですよっ?!
僕はまだ半人前で、何故か任務が少ないんです。
科学班の手伝いをさせられたり、雑用を押し付けられたり……
それはそれで楽しいし、嫌じゃないんだけど。
ただ……キミが命がけで戦っているのに、
僕だけのうのうとホームで暮らして、キミの帰りを待っているのが
その……とても……辛いんです……」
思わず俯いてしまった僕に、隣の神田から思いがけないセリフが返って来る。
「そりゃ仕方ないってもんだろ……
俺たち装備型と違って、寄生タイプのお前は、戦闘で嫌でも怪我をする。
武器が壊されても痛みを伴わない俺たちより、ずっとリスクは高いんだ。
コムイがそれを気にするのも仕方ないだろ……」
「……え……?」
「それに、お前が気になるって言うんなら、任務もさっくりと切り上げて
早めに帰ってきてやるさ……」
まるで幻聴でも聞いたかのように呆ける僕に、
神田はそっと手を差し出すと、頭にポンと軽く乗せる。
それが嬉しくて、僕はいつの間にか満面の笑みを浮かべていた。
「ホントですよっ?!
絶対無事で帰って来てください!
ゆびきりげんまんですからねっ?!」
そう言って右手の小指を差し出す僕に、神田は呆れたように笑みを返した。
「お前、ゆびきりげんまんの意味知ってんのか?」
「え?これって神田の国の習慣なんでしょ?
ラビにそういって教わりましたけど……
ゆびきりげんまん……嘘ついたらハリセンボンのますって……
ちょっと怖いなっては思ったんですけど……」
「はぁ……そんなこったろうと思った……」
神田は大きな溜息を付いて、
ゆびきりの由来をかいつまんで話してくれた。
彼が生まれた国には『遊郭』といって貧しい女性たちが性を売る為に
親に売られてくる場所があって、
狭い檻の中で、好きでもない男の相手をさせられるのだと……
ほとんどの女性は運がよくなければ
一生そこからは出られないのだと……
そして、そんな場所に自分を訪ねてきてくれる客に恋をした女性が、
相手がまた来てくれることを約束する際に、
自分の気持ちを相手に示すことを意図として
自分の小指を切り落としたのがそもそもの由来なのだとか。
約束を守れなければ拳骨で百万回叩いてやる。
そして針も千本飲んでもらう……
それだけの覚悟があるのなら、指を切り落として約束を交わしましょう……
相手に恋焦がれ、自分の想いの証に指を切り落とす。
なんて自虐的で、強い想いなのだろうか。
話を聞いて、僕はゆっくりと頷きながら、
再び彼の前に自分の小指を差し出す。
「……僕も出来ますよ?
キミが約束を守ってくれるなら、
小指の一本くらい失っても平気ですから……」
一瞬きょとんとした表情を見せた彼が、
そんな僕にとびきりの笑顔を見せて、
僕の小指に自分の指を絡ませた。
「必ず返って来るさ……俺は殴られんのも、針を飲むのも嫌だからな」
固く絡ませた小指で僕をゆっくり引き寄せると、
彼は僕に唇を寄せる……
暖かくて深くて、とびきり甘い約束の口付けをすると、
神田は立ち上がって黒い団服を徐に羽織った。
「……行って来る……」
「はい。 いってらっしゃい……気をつけて……」
扉から出る瞬間、彼がぽつりと僕に告げる。
『続きは帰って来てからだ……』
僕はそんな危機感のないセリフに真っ赤になりながら、
彼らしいやと口元を綻ばせた。
「早く帰って来てください……待ってますからね……」
大好きな彼の後姿にそう呟いて、この世の救世主の勇姿を見送る。
――― ゆびきりげんまん……嘘ついたらハリセンボンのます ―――
……約束です……
そして僕は、彼が必ずその約束を守ってくれると、
永遠に……信じ続ける……
〜FIN〜
≪ちこっと、あとがきなんぞ……≫
WJで神田が大ピンチ!!
けど私も信じたい……必ず彼は帰って来てくれるって……(ρ_;)
そんな気持ちを込めて、お題に挑戦してみました。
待つ身は辛いやねぇ……アレンくん……;
そして一日も早く……カンダ、カムバァ〜ック!!!
戻ってきて頂戴〜〜〜!!・゜・(ノД`)・゜・。
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